[ 2005年10月 ]

2005年10月10日22:00
一ヶ月前に、意義のある会がありました。
 「結局は変わらない」「やっても無駄」と安易に諦観してきた高度成長期の日本社会にあって、ようやく「きっと変わる」と人を信じさせる時代が来つつあります。平成洪庵の会は、緒方洪庵の適塾の塾生のスピリッツを思い起こし、こらからの新しい学問・新しい教育・新しい産業・新しい社会そして新しい人材の創出を自由に議論する会です。
【日時】2005年9月10日(土)14:00〜
【場所】大阪大学中之島センター2F
【話題提供者】
1.跡田直澄 慶応義塾大学商学部教授
 『構造改革の進め方』
2.今井克彦 大阪大学大学院工学研究科教授
 『21世紀山のグランドデザイン(国産木材の総合利用)』
3.王勇 株式会社ナノフォトニクス研究所 代表取締役
 『光ファイバ分布計測を用いる構造物安全監視システムの構築』
4.岡田耕治 日本テクノロジーソリューション株式会社 代表取締役
 『新規事業の創出について』
5.小林昭雄 大阪大学大学院工学研究科教授
 『遺伝子が食を仕立てる』
【世話人】
河田聡・浅田稔
2005年10月07日10:37
日本テクノロジーソリューション株式会社は、2006年4月に創業30周年を迎えます。
2004年9月3日には、岡田電気工業株式会社から社名を変更し新たなスタートを切りました。下請企業から問題解決企業への『変身』の試みを公開することにより技術系・研究開発型企業と共に考えたいと思います。

2005年10月03日00:01
97015a2b.jpg〜何をすることが出来るか。
新分野進出への挑戦の“決断”
2004年5月11日
先代社長(創業者)の逝去より丸5年−。産経新聞朝刊。
『検査機器ノウハウ応用成功』
2001年4月〜ミーティングを重ね、新分野進出を模索。
2001年9月には開発終了発売開始。2002年〜生みの苦しみを経て、2003年に完全標準ユニット化。販売好調。
『大いなるものに抱かれていることを今朝吹く風の涼しさに知る。』
(山田無文)−愛・勇氣・謙虚・感謝−
当社にとって、未知の分野への『挑戦』が“痛み”ではなく“快楽”である。
【近畿経済産業局係長大平昌幸氏のコメント(抜粋)】
「〜モノづくりが低迷しているいま、成長を続ける同社には、製造業の復権に一役買ってもらいたい。今後も新しい分野にチャレンジしてくれるだろう。」

2005年10月03日00:00
b795d42b.jpg〜何をする必要があるか。
一時代の終わりにけじめ。
岡田電気工業(現、日本テクノロジーソリューション)は1976年創業(1981年設立)以来、ブラウン管検査装置の製造を主たる業務にしておりました。そして、2001年から設立20周年を期に大きく方向転換の舵をきりました。外部環境変化への対応を身をもって学ぶことができました。社員の方々はどうか、この学びを大切にして下さい。
◆国内ブラウン管工場終息。
国内で唯一、一般カラーテレビのブラウン管を生産している兵庫県揖保郡太子町の東芝姫路工場太子分工場で二十五日、製造ラインを廃止する「終息式」があり、テレビ製造会社に最後の一台が引き渡された。一九六六年から一億千五百万台を製造、三十八年の歴史に幕を閉じた。 近年は、28―36インチの大型ブラウン管を生産。しかし、液晶やプラズマなどの薄型テレビの登場や、輸入ブラウン管との価格競争の激化から昨年十一月、製造中止を発表した。今後は、インドネシアなどで製造、中国でテレビに組み立てて輸入、販売するという。 終息式で、蒲原英治・姫路工場長は「従業員や関係会社に感謝している。国内でも海外でもまだブラウン管テレビは売れるのに、最高の製造技術が国内から消えてしまうのは寂しい」と話した。 (2004年6月25日神戸新聞より抜粋。表:asahi.comより引用。)
2005年10月03日00:00
3aa0d369.gif設立20周年(2001年)を記念し、商標登録致しました。経営理念に基づき、問題解決をコーディネート出来る会社を目指していきます。設立30周年(2011年)へ向けて皆力を合わせて楽しみましょう。

【登録番号】 第4625479号
【登録日】 平成14年(2002)11月29日
【出願番号】 商願2001-86299
【出願日】 平成13年(2001)9月25日
【先願権発生日】 平成13年(2001)9月25日
【商標(検索用)】 solution\coordinator
【称呼】ソリューションコーディネーター,ソリューション,コーディネーター
【ウィーン図形分類】 26.1.2; 26.1.5; 26.1.6; 26.13.25.3
【権利者】
【氏名又は名称】 日本テクノロジーソリューション株式会社